2014年1月20日月曜日

健滋

新年最初の投稿がこのような内容になるとは・・・ ようやく落ち着き、パソコンに向かっています。

1月2日に弟の健滋が急逝しました。(享年28歳)
年末年始の帰省時に会うことはできず、大晦日に電話で話したのが最後でした。
死因はヘルペス脳炎。疲労やストレス等からくるもので、免疫力が低下すると発症するという誰にでも起こり得る病気だそうです。
1月3日に自宅(松山でひとり暮らし)で死亡しているのが発見され、1月4日に訃報の連絡を受けました。皮肉にもその日は自分の誕生日でした。

うちは3人兄弟で、自分が長男、健滋が次男。愛媛県松山市で活動するバンドマンでした。
実家がある高知で執り行った通夜、告別式には、バンド仲間を中心に健滋の友人達がはるばる松山から駆けつけてくれました。彼らとの会話のなかでは、自分や家族が知らない仲間に愛されていた健滋の姿を垣間見ることができ、安堵の気持ちとともに救われた気持ちになりました。

遺品のギターとベース。正直、バンドのことはよく分かりませんが、大切に使ってくれる人に使ってもらう方が健滋も喜ぶだろうと思い、引き取りを希望する彼の友人に譲ることにしました。
自分自身も哲のRG400ガンマを彼の家族、友人から譲り受けている身であり、あらためて遺品を託されているということを再認識する機会となりました。

そのようななか、ひとつだけ良いことがありました。家出同然で出て行って音信普通だった一番下の弟の誠人が約7年ぶりに帰ってきました。
ダメもとで電報を送ったところ、告別式当日の早朝に連絡がつき、大阪から高知までタクシーを飛ばして駆けつけてくれ、ぎりぎりセーフで一緒に健滋を見送ることができました。最後の最後で家族がひとつになることができました。きっと健滋が引き寄せてくれたのだと信じています。
ちなみに写真は昔親父に贈った「百年の孤独」。開けるタイミングを逃して早数年。「今飲まなくていつ飲む!?」 誠人と酒を酌み交わしたのはこれが初めてでした。

正直いろいろきついですが、一番辛いのは子に先立たれた両親。残された兄弟ふたりでしっかりと支えていきたいと思っています。それと同時に、家庭をもっている自分自身も絶対に死ねないと心に刻みました。若いからといって無理無茶は禁物。健滋の分まで生き抜くことが、せめてもの報いだと思っています。

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